音楽と教育

教育に携わる音楽好きな人間です。定期的な更新が目標です。

デジタルを知り、人の価値を知る。

デジタルの特性を知る大切さ

 最近、街中でスマホタブレットを幼児にもたせ、親は別のことをやっている・・・などという光景を見ることが増えた。子育ては大変だと思う。親御さんもデジタル機器を子どもに与えておけば、大人しくなるのであればさぞ助かっているのだろう。しかしながら、どこかに不安な、もやもやした気持ちがあった。

 なにがいけないのか、具体的にわからず「けしからん」とは言えない。 ただ感覚的に、「子どもの成長に何となく悪そうだ」くらいにしか思っていなかった自分がいる。

 本書は、言語能力・読解力の視点から、デジタルネイティブの子どもたちが成長するにあたって、大人として知っておくべきデータや見解に満ちており、「何となく」感じていた不安が、読み進めるうちに少しずつ晴れていった。

人との関わりがやっぱり大切

一緒にみながら、内容についてどのように子どもと話すかが、言語習得の非常に重要な鍵だからである。

 デジタルコンテンツを子どもが視聴するにあたり、大人がどう関わるかが大切だそうだ。そういえば私も小さい頃、病院の待合室で「ノンタン」などを読みながら、様々な質問を母親に投げかけてやりとりをしていた記憶がある。

デジタルとアナログ

 本書ではしばしば、デジタルコンテンツと、従来の紙との比較が取り上げられている。私も「やっぱ紙の本だよ」と粋がっていた時代もあれば、今はなるべく電子書籍にしていたり、しかしながら参考書的なものはあえて紙で買ったりと、彷徨っている。どちらがいいか悪いか、というより、それぞれの特性を把握したい方は、ぜひ一読してほしい。

保護者は紙の本を読んだ時のほうが、子どもに多く話しかける。また、話す内容も、デジタル絵本・物語本と比べ、ストーリー内容を確認したり、コメントするような読解に直結するものが多い。

 デジタルコンテンツはその機能や視聴覚的な要素に注目してしまい、大人も注意がそれてしまうようだ。デジタルによって、よりわかりやすくなったんじゃないかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。面白いものだ。ちなみにデジタル経験豊富な子どもの方が、そうでない子どもより、デジタル絵本を読んだときの読解力が下がる傾向があるという。大変興味深い。

語学学習の未来は

 筆者は昨今の英語教育へ一石を投じるような意見も述べている。

私たちの言語使用がますますマルチモダル化し、言語と非言語情報、話しことばと書きことばの境界線があいまいになっていく中で、脱コンテクスト化した語彙や文法のテストをしたり、リスニング、スピーキング、リーディング、ライティングといった4技能ごとの言語テストを行うことの妥当性が弱くなっていると思われる。

 大学入試や、来年度から総合得点にも反映される都立高校入試のご担当の方、最新の知見を基に、大胆に見直すことも必要なときもありますよ!

国語学習環境下では、必ずしも学習開始時期が「早ければ早いほどよい」というわけではないので、何も慌てて早期から始める必要性はない。

 公立学校が小学校高学年で必修化にしたのは、個人的には疑問でしたので、気持ちよく言い切ってくれました。

人間の価値 再認識

教師や保護者は、子どもたちの言語使用や認知スタイル・嗜好を理解した上で、こうした人間の本質性に寄り添う形でデジタル・テクノロジーを導入することにより、子どもたちが目指したいコミュニケーション能力を身につけるための橋渡しの役割を担っているのである。この橋渡しには、人間の直接介入が不可欠である。

 著者の力強い言葉から、客観的な事実に基づく研究の積み重ねによって裏付けられていることがわかる。残念ながら日本語での研究が進んでいない現状であるようだが、時代の変わり目だからこそ、日本語の読解力とデジタル機器の関係性を、経済的な配慮なく着実に取り組んでいくことが、日本の明るい未来への近道なんじゃないか。  

 教師は、デジタルコンテンツを与えるだけなく、人として関わることが肝心。まさにそれは、人にしかできないこと。教師という仕事は、本当に複雑かつ奥深いなと痛感した。